34.続続・黒く塗れ(Peint it Black) M3編

 

 

 アフターペイントとオーバーホールが完了したM3が届いた。ほぼ2週間ぶりの再会となった訳だが梱包を開けてまず最初に口をついて出る言葉は「美しい」という言葉だ。全く実用と対極にある「大いなる無駄」であること、その費用で必要なレンズを購入するか、さもなくばフィルムや撮影に使った方がより健全で前向きであることは十分承知の上であえて言わせてもらいたい。この感激(よろこび)に十分匹敵する支出だと。たかだかカメラが黒くなっただけでこのようによろこんでいる自身の単純さに呆れなくも無いが人間、色々な場面で無駄をして生きている訳だが無駄なことイコール駄目なことではないことはそれぞれの人生が証明していることである。それが人間らしさなのだからと理屈をつけて・・・それほどたいそうな事でもないか?まぁ理屈や合理性などということとは別の話で、ただただ「美しく」「かっこよく」「うれしい」のである。


オリジナル
 
アフターペイント後
     

←1962年製。アイレットが普通の形になった後期型です。
ブラックペイントにはこのアイレットのモデルが必需です。
というかドッグイヤーのアイレットはシルバークロームが普通の小型のアイレットにはブラックが似合うという思い込みから一番こだわった部分です。写真では分かりませんがグッタベルカに補修痕があります。

→M2(アフターペイント)に比べて少しマットな黒色に仕上がっています。各窓の額縁の出っ張り部分や角などよく手に触れる部分の塗料の粒子がつぶれツヤが出て来るとよりかっこいいM3になるでしょう。

     
     

←シルバークロームの背面
バックドアも塗装補修してありアルコールで拭くと塗料が取れてしまいます。グッタベルカも張り替えられています。

→せっかくブラックペイントにするならフィルムインジケーターもオリジナルと同様の塗装に。

     
     

←オリジナルのトップの様子
やっぱり一番かっこいいビューです。

→M2のときにもこの姿が見たかったので黒塗りにしたと言っていたがM3の場合も同様にただ美しいとしか言い様がない。

     
     

文字のアップ
 本物の1962年製造のM3ブラックペイントモデルは製造番号#1038801〜#1039000です。たった218番の違いです。大して変わらないですよね(笑)

     
     

裏ブタ部分
 M2やM1と同等の造り。オープン、クローズのこの文字はやっぱり必要ですよね。

     
     

→もちろん肝心のOHも完了。
  ファインダを正面から見てもクリアーになっていることは一目瞭然です。のぞいて見るとそのクリアーさはびっくりするほどです。それまで普通だと思っていたファインダーがずいぶん曇っていたということですね。写りには関係ないとはいえクリアーなファインダーは見ていて気持ちがいい。採光窓のすりガラスの部分もすすけた感じが無くなった。OH前の90mmブライトフレームの一部が欠けていた部分も復活、どのフレームも白くクリアーになった。そしてもっとも肝心な二重像も「クリーニングで驚くほどクリアーになる場合がありますよ。」(ルミエール/タカハシ氏)の言葉通り、黄ばみが取れクッキリ。もちろん二重像の縦ズレも調整され完璧です。

     
     

→シャッター音もコトッと表現されるような静かな音になっています。スローガバナーの動作も息継ぎが無くなり、1秒もきれいな音でシャッターが切れます。
 ファインダーが汚れたと言ってはクリーニングに出し、雨に遭ったと言ってはオーバーホールに出すと言う人の話を笑って聞いていましたがこのクリアーなファインダーやスムーズな動作を体験してしまうと他のM型もオーバーホールしたくなります。カメラの台数を増やすよりはいいことかもね。

     

 

   

 M2がアフターペイントされたとき私の灰色の脳細胞は「M2が黒くなったカメラ」と認識したのだがM3の場合は不思議なことに「M3とは別のカメラ」と認識した。どこをどうとってもM3なんだが、頭が違うと認識したにはきっと訳があるはずだ。使っている内に分かるのだろうか?

 

 去年のM2に続きM3をブラックペイント化した訳ですが、ブラックペイントの魅力を一言で言えば「かっこいい」。唯一の理由が「かっこいい」これだけです。
  昔キヤノンのNewF-1を使っていた頃(NewF-1一台だけという時代も在ったのです。懐かしい!)にエッジや巻上げレバーの塗装が剥げ、中の真鍮が鈍い光を放っていたことを覚えています。テーブルに置かれたそのNewF-1は古いとかくたびれたという風情ではなく、その真鍮の地が出始めたカメラに「俺のカメラ」「俺の道具」という一体感を感じたものです。戦場カメラマンや過酷な取材を経験した訳ではないただのアマチュアカメラマンのカメラであっても夏の暑い日に一緒に汗をかき冬の寒さにかじかんだ指でシャッターを切った仲間、相棒と呼ぶにふさわしい関係でした。人間が歳を重ねるようにカメラも歳を取っていく。塗装の剥がれにはそういうことを考え合わせられる魅力があるのかもしれません。
  だから自身の手の中で剥げていかなければならないのでアフターペイントということになります。(ピカピカの新品と見間違うようなオリジナルペイントモデルでもいいのですが・・・予算のある方はどうぞ)一緒に日照りの中を歩き、雨に追われて走り、そうして年を重ねて剥げていくことが「かっこいい」ことだと思っています。剥げ禿のペイントモデルを評して骨董の陶器のように「景色がいい」と言っていますが、私にとってそれは他人の景色に他なりません。やはり自身の景色になってこそ「かっこいい」と言えるのではないでしょうか?考えすぎだよと言われればそうかもしれません。
 別にこんな理屈をこねなくて、単純に「かっこいい」だけでも十分理由になりますけどね。