30.黒く塗れ(Paint it Black) M3編

       

 M3といえば1954年に誕生したM型ライカの初代機であり、M型ライカの象徴でもある。50年を経過した今日でさえその輝きは色あせることは無い。だからと言ってM3が、いやM型ライカが最も優れたカメラではない。技術的にもM3が新機構や新技術を最初に採用したカメラでもない。M型の最も評価されるべき点は当時の新機構や新技術を使いやすい形にまとめた総合力なのではないでしょうか。カメラを構えると自然とくる指の位置にシャッターボタンや巻上げレバーが配置されています。当たり前と思われるようなこのようなことも当時の試行錯誤の成果なのです。ただ現在、私達は先人の努力の成果を当たり前と思っているに過ぎません。

 私は黒色のカメラが好きです。金属に黒いペイントを塗ったものが特に好きです。理屈も何もなく好きです。無理やり理屈を付けてでも好きです。物欲の嵐は、去年M2を黒塗りにした辺りから局地的に発生し最初は「黒塗りも良いけれどシルバー・クロームのM2もやっぱり欲しいな。」いやM5もずいぶん安くなってきたことだし「M5を二台体制にしたら撮影に行くときには使い易いだろうな。」「MP(現行モデルの)の黒塗りもシンプルで美しい。」中古もボチボチ出だしたことだし「MPでファインダー倍率が0.85のモデルにはブラックペイントは無いのか。」「ファインダー倍率が0.85のモデルで黒いのはM6、M6TTL、M7になるのか。」「ブラックペイント物は結構な値段がするんだ。」「高倍率ファインダーと言えばやっぱりM3だろう。」「M3は1台所有している」「M3のブラックペイントと言うのはどうだ?」「ブラックペイントのM3、いいじゃ〜ない〜(ギター侍の感じで)」「M3のブラックペイントなんて天文学的な価格でとてもとても。」「オリジナルである必要は無いのだから後塗り。」「後塗りならM2を塗ってもらったルミエールへ注文すれば良い。」「仕上がるまでには3ヶ月待ちじゃなかったかな?」「3ヶ月掛かるなら今直ぐに予約しておこう。」と言う物欲の嵐が一周したところで善は(善か悪かはここでは問わないでください。)急げとばかり「ルミエール」に予約。これで幸せの3ヶ月を手に入れたことになりました。・・・かな?

いよいよ黒塗りに出すM3探しとなったのでした。


あらためてM3を考察する。

 1954年から1966年の13年間も製造されたM3は外観から判るような変更点だけでも20箇所以上も有り、目に触れない部分にいたってはおそらくそれ以上の変更箇所があると思います。普通M3は下のBCあたりで前期と後期という風に2期によく分けられていますが外観上で大きく分けても次の4期と考えてみる方が違いが良く分ります。

@視野枠セレクトレバーの追加。(#785801)

Aシャッターダイヤルがヨーロッパ大陸系列から倍数系列に変更されダイヤルの表面仕上げが艶のある仕上げから梨地仕上げになった。(#854001)

B巻上げが2回巻上げから1回巻き上げに変更され巻き上げレバーの長さが長くなった。(#919251)

Cストラップの吊り金具がドッグイヤータイプと言われる大型のものから普通の吊り金具に変更され、取り付け位置も前方に移動した。(#963001)

と大きく変わったのだが、これから分るように1回巻上げで視野枠セレクトレバーの無いものは無い。しかし普通の吊り金具になっている製造番号にもかかわらず2回巻き上げのM3は存在する。逆に2回巻き上げの古い製造番号の機種でも修理の際に1回巻き上げに交換されているものも多数あります。(2回巻き上げや1回巻上げでもスプリングタイプの巻き上げ機構のパーツが無いため。)
  外観からでも同じM3と言ってもずいぶんと表情は違います。コレクション目的ではないので実際に使い易いのはどの時代に製造されたものでしょうか?ライカは手触りやフィーリングがもっとも大事と考えている方が多数おられることは承知の上で(私自身もスプリング巻上げ機構のスムーズさで最初のM3を選んだ口ですから)手触りやフィーリングと言った部分を除いて考えてみます。
 また上記の4点以外で私が最も関心が有る変更点はレンジファインダーフィールドにノッチが付けられた事とファインダー接眼窓の直径が大きくなったことです。
  レンジファインダーフィールドにノッチが付けられたのは1958年、M2が製造開始された時期(92万台以降)のようです。ノッチが付いたものが良いと思っているのではなくそれ以前のノッチ無しの方がファインダーは見易いのです。なぜならばノッチ無しの物の方がレンジファインダーフィールドが広いからです。ノッチの付いた物はその上下についたノッチ分の高さレンジファインダーフィールドが狭くなっています。M4やM5を使ったことのある方でしたらレンジファインダーフィルドが広いとどれだけ見易いか分ると思います。
  もう一点のファインダー接眼窓の直径が大きくなったのは1960年(106万台以降)に8.5mmから11mmに変更されています。それにより接眼窓から目が離れても見易くなりました。メガネを使用している人なら最も考慮すべき点かもしれません。
 ただ残念なことにこの2点を同時に満足させることは出来ません。レンジファインダーフィールドにノッチの無いものを選ぼうとすれば1957年以前(1958年製造にも少数あり)のM3になり、接眼窓の大きいものを選ぼうとすると1960年以降のM3を選ばなければなりません。このように悩みの種は尽きません。


黒塗りライカにふさわしいのはどの時代のモデルだろう。

 黒塗りにふさわしいM3などと言っても別に絶対的な理由や技術的制約などがある訳ではありません。全く個人的な、どの形が真っ黒になった時に「カッコイイ」かという理由のみです。この「カッコイイ」をばかにしてはいけません。カッコが良くて毎日使っていて楽しければ少々の使い難さや不具合なんて我慢できるのです。「惚れればアバタもエクボ」状態な訳で、これは人生に於いてもとっても大事なことです。好きな娘のすることなら何でも許せるが、嫌な奴のすることは何にでも腹が立つと言うことと同じことなのです。人間の思考の中で最も原始的なあるいは最も深層に位置する「好きか嫌いか」という選択基準がここでも有効な訳です。それほど難しく考えなくても、人生ままならないのだからカメラぐらいは好きな物を持っていたいじゃないですか。
 1960年代や70年代にあった黒いカメラは社会の闇に潜み真実を暴くといった社会性や匿名性もない現在にあっては黒いカメラの存在理由は「カッコイイ」に尽きるのかもしれません。あえて理由を付けても寒い季節でもクロームメッキ物と比べて冷たさを感じない程度でしょうかね。実際、ブラッククロームより黒塗り(塗装の光沢)のカメラは遠目でも目立ちますからね。ただしライカとは認識されにくいことは確かでライカの場合シルバークロームの方が認識し易いようです。尤もライカというカメラを知らない人にとってはどちらも同じらしいですが。
 私が黒塗りカメラで最も気にするところは吊り金具、アイレットです。M3、M2は黒く塗られている物とクロームメッキの物がありM4はクロームメッキになっているようです。ストラップの金具のせいで直ぐに塗装が剥げてしまうパーツなのでM4は硬度のあるクロームメッキにしたのだろうと考えられます。しかし実用性はともかく吊り金具も塗装されているものの方が「カッコイイ」のだ。
  後塗りの場合この1cmにも満たないパーツを塗るためにはグッタベルカの張替えも必要になるため2万円ほど別途費用が掛かりますしオリジナルの張り皮では無くなります。オリジナルにこだわる人には不向きですが、張り皮にまでオリジナルにこだわる人なら後塗りなんかしないでオリジナルのブラックペイントモデルを買うのでしょうね。
  ここは無理にでも予算を取って塗装をしたい所です。
 ともすれば野暮ったく見えるファインダー、採光窓や対物窓の額縁も黒くなると目立たなくなりシルバークロームより精悍なイメージになります。アイレットの形も初期型のドッグイヤータイプの方がM3らしくて好きなのですが黒塗装の場合は後期型のシンプルな形状のアイレットの方がカメラ全体がより精悍な印象になり好きです。
 アイレットの形と接眼窓の大きさにこだわると必然的に106万台以降のモデルということになってしまいます。誤解の無いように決して106万台以降のM3が優れているという訳ではありません。初期型には初期型の後期型には後期型のそれぞれ生産された時代のよさがあります。黒塗装にした時に私が一番かっこよく見えると思うのが後期のモデルということだけです。

どれを塗ろうかな?

 
M3初期型
2回巻き上げで視野枠の
セレクターレバーが無い 。
ごく初期のモデルです。
M3中期型
後期型と外観上の違いが少ないが
吊り金具がドッグイヤー型で
巻上げがラチェットになる前。
操作感はこの時代の物が一番好きです。
M3後期型
吊り金具が普通の形になって
取り付け位置が前方に寄った。
巻き戻しロックレバーの丈も短くなった。
もちろん細かい部分の変更点もある。


M3のアドバンテージとは。

 シャッター音の静かさとか巻き上げのスムーズさ等は写真を撮る道具としてみれば二次的なことです。工芸品といってもいいような造りももちろん魅力の一つであることは否定しませんが、もっとも大事な写真を撮るために必要な部分では「M3とそれ以外」とか「究極の」と称されるファインダー構造です。
  「視野枠がまるで空気に張り付いているように見える。」とよく言われますがファインダー倍率がほぼ等倍のために両目で被写体を見ることが出来、このように見えます。M2以降のファインダー倍率が低くなっているファインダーではこのように見えることは有りません。両目で被写体を見るにも違和感があります。またM3のファインダー内の光路がほぼ90度という角度で誘導されているので接眼窓の中心から目の位置をずらしてもレンジファインダーフィールドの二重像が見にくくならない唯一のファインダーです。そして逆光時にレンジファインダーフィールドが光って見えなくなるM6とは違い、どんな場合でも二重像の確認が出来なくなることはありません。
  ファインダー倍率が0.91倍のため距離計の精度はM型の中でも群を抜いています。しかしこのファインダーにも弱点が有ります。一つはプリズムの接着面が多く製造から4、50年も経過していることもあり衝撃に弱いこと。もう一点は焦点距離35mmのレンズに対応していないことです。

 M3がものすごくかっこよく見える日と、とんでもなく古く見える日があります。最新のMPまでたいしてデザインが変わっていないにもかかわらずM3に対する評価が2転3転してしまいます。
  最短が1mまでしか連動しない距離計、標準といわれる焦点距離がより広角側にシフトしている現在、決して使い易いとは言えないことも事実です。M型を語る上で、はずせない事もまた事実なのです。カメラの世界で「ライカとそれ以外のカメラ」と分けられるようにM型ライカがM8、M9と発売されたとしても最初に生まれたM3が「M3とそれ以外」と言われ続けられることが真のM3のアドバンテージかもしれません。
  ただ黒塗りのM3を手に入れようと思っているだけなのに何だかたいそうな話になってしまいました。以前に「黒く塗れ M2編」と言うエッセイにも書きましたが、カメラが黒くなったことでカメラの性能がアップする訳でもなく、ましてや写真の腕が上がる訳でもありません。なのに、なぜ黒塗りのカメラが欲しくなるのでしょうか?あえて理由を付けるとしたらM2の時には大好きな写真家である石元泰博氏のM2がブラックペイントで、その剥げっぷりのカッコよさといったら他の追随を許さないという感じで、「石元泰博」→「ブラックペイントのM2」→「欲しい」と言う、憧れのタレントや歌手と同じ物を持ちたいと思う「ミーハーな女子高生」と同じノリです。違うとすれば「ミーハーなおじさん」というところぐらいですかね。