| |
18.私がライカを買う理由 (田中長徳著「ライカを買う理由」神立尚紀著「撮るライカ」を読んで考えたこと) |
| |
| 今年は1954年からちょうど50年目に当たるのだが、1954年と言えばライカ好きならM3が登場した年として記憶しているでしょう。
そしてもう一つの1954年生まれと言えばKodakのTri−Xです。1954年は迅速に撮影出来るカメラとフィルムを手に入れた記念すべき年になったのです。 それから50年の年月がたったのですがカメラは一眼レフが主流になりAE、オートフォーカスと発展していく訳ですがその便利さと引き換えに写真を撮るという楽しみまでがカメラに奪われると言う結果になりました。そこで一部の人々は旧式なカメラへと回帰するのですがこれはただのノスタルジーやコレクション思考ではなく写真を撮る機械として何ら現在の物に劣る訳でもなく日々の撮影に写真する楽しみを知る事が出来た幸福な人々かも知れません。 |
| ライカよりいいカメラはたくさん有ります。と言うよりは近年のカメラはすべてライカよりいいカメラと言ってもよいでしょう。ただし機能に関してはと言う注釈が必要です。ライカは決して他のカメラより優れたカメラではありません時代遅れのカメラなのですから。しかし写真を撮ると言うことはどういう事なのでしょうか?心に引っかかったものにカメラを向けファインダーの中に捕らえるのだがどのように作り上げたいのかはこの時点で半分は出来上がっている訳です。具体的には露出をどの様にするか、ピントの位置は、深さはと頭の中で計算しているのだ。こういった計算をするにはシンプルな機構のカメラの方が計算し易いのです。
現在のAE、AFカメラの場合露出値一つを取っても画面のあらゆる場所を測光して各社各様のアルゴリズムを駆使して適性と思われる露出値を表示する訳です。現在のカメラではこの表示通りでちゃんと写ります。しかし私たちはカメラの決めた露出が欲しい訳ではなく自分で決めた露出が欲しいのです。(思った露出にならないで失敗したとしても)この時に最近のカメラの露出値と言うのが問題なのです。どこをどのように計って出した露出値なのかが分からないからです。
昔ながらの中央部重点測光やスポット測光などはどの部分を計っているのかが把握出来るので表示に対して自分はどれくらい明るく(又は暗く)したいのか判断が付けやすいのです。この様にシンプルなカメラほど自分の意思を反映し易いのです。
露出計を内蔵していないカメラが使い易いのはファインダーの中に何も表示が無いので余計なことを考えなくていいので被写体に集中できます。
ピント合わせも自分の手ですることは楽しい行為です。こんなに楽しいことを機械任せにするのはとても勿体無いことですよ。
とここまで書いて一つ気づいたことがあります。それは撮影スタイルです。私がもしスポーツや動物等の動きの速い被写体に興味があったならおそらくライカ等とは言っていないと思います。手振れしないレンズとかAFは必然となるでしょうからイオス1VやニコンF5を振り回して「ライカ?あんな高いだけで使いにくいカメラ・・・」と言っているのでしょうねきっと。
この様にライカがBESTのカメラではない。要は自分の使い方に合ってるかどうかです。 |
|
| 古いカメラを使っているのは古いからではなく使い易いからなのです。逆に言うと使い易いカメラはみんな古いカメラになってしまっただけです。例外にコシナからは最新の古いカメラを製造しています。でも此処で数あるカメラの中でなぜライカなのかです。ブランドでしょうか性能でしょうか?これにはどちらもと答えるのが正解のようです。
精密な機構、それに伴う操作感に魅せられている事も事実です。写真を撮るという本来の目的に必要な機能、フィルムを巻き上げ絞りとシャッタースピードを決めピントを合わせレリーズボタンを押す(たったこれだけです。)という一連の行為がスムーズに行える事が写真を撮ることをリズム良く楽しんで出来るということに結びついているようです。
よく古いカメラの不便さが楽しいと言いますが、(私も何処かにそのように書いたような気がします。)ライカを使っていて今まで不便を感じたことは無いです。AEなら便利なのでしょうか、AFなら便利なのでしょうか?そもそも写真を撮ることにとって便利とは何なんでしょう。(仕事としてなら在り得るでしょうが)私のように好きな時に好きな写真を撮っている身としてはそもそも便利、不便という考えは存在しないことに気が付きました。自分のカメラで撮れない写真を無理して撮る必要はありませんし、またそのカメラで撮れる別の撮り方を考えればいいことです。手の上にライカを乗せて触ってみるとよく判ります。古い新しいに関係なく写真を撮る為に必要なものだけが適切に配置されています。便利とか不便とかいう言葉の入る余地は全くありません。写真機とはこういう物なのです。 |
| |
ライカを始めて買った時を思い出してみると、ライカを買うぞ〜。と言う気概が在った訳でもなくそれまでにいつかはライカと言う気持ちがあった訳でもありません。
事情があってすべてのカメラを売ってしまいしばらく写真から遠ざかっていた時に出張先のホテルで田中長徳著「くさっても、ライカ」を読んで、そうだ!ライカって言うカメラもあったよなぁ。しかしこの時の認識は古い、高い、年寄りカメラと言うところでした。その後色々な本で研究した結果M2なら手頃な価格からあること、ライカ純正の高額なレンズを使用しなくても安い国産レンズが有ることがライカ購入に踏み切らせることになりました。まだこの時はライカがどうと言う事より写真が再開出来た事の方がうれしかった覚えがあります。
キヤノンNewF−1を使っていたこともあってマニュアルカメラに対する不安もありませんでした。初めてM2を手にした時の印象はそれまで一眼レフしか使ったことが無かったこともあって持ち方がレンジファインダーカメラに慣れていなかったからでしょうがなんて持ちにくいカメラだろうと言うことでした。今は一番使い易い、持ち易いカメラなんて言っているのに・・・。
そして一番の特徴のレンジファインダーの使い易さでした。視野率100%の一眼レフと比べると何ともいい加減なファインダーが気持ちいいんですね。この辺りを切り取る、大体この辺が写っているだろうこれ位ボケているだろうと言う大らかさがシャッターを切ることを躊躇させないので写真を撮ることを楽しくさせてくれます。この楽しく写真が出来ることがライカの一番のよさだと思っています。
ライカを使うことでいい写真が撮れると思うこともライカと言う名前のブランドの力というものです。この思い込ませると言うブランド力もとても大事なことです。写真はメンタルな部分が支配する行為そのものですから。だからトップカバーに書かれたLeicaやLeitzと言う文字にこだわってしまうのでしょうね。
ライカのもう一つの効用は観光地などで傍若無人の大口径AF一眼カメラおやじ(おばさん)部隊に遭遇してその中を敵中突破しなくてはならない時にバッグからライカを出して2台を肩からもう1台を手に持って敵陣に切り込めばモーゼでは無いが人垣が左右に別れ無事通過できる。この場合所持台数は多いほど効果がある。(私も十分おじさんですがあの団体だけは何とかならないだろうか?指導者は写真の撮り方より先にマナーを教えろ!まぁ指導者も輪を掛けたほどバカなんだろうな。) |
|
 |
|
|